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東京高等裁判所 平成2年(ラ)330号 決定 1991年1月17日

抗告人(債権者)

三銀モーゲージサービス株式会社

右代表者代表取締役

門脇康男

右代理人弁護士

星徳行

堀輝彰

相手方(債務者兼所有者)

山内武夫

主文

一  原決定中、原決定の別紙担保権・被担保債権・請求債権目録記載の「2、被担保債権及び請求債権」のうち、(1)及び(3)記載の債権に関する部分を取り消す。

二  本件競売申立事件中、右取消しに係る部分を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一抗告人の抗告の趣旨

1  原決定中、原決定の別紙担保権・被担保債権・請求債権目録記載の被担保債権及び請求債権のうち、原決定が認容した金四八五万八二七三円の債権に関する部分を除く、その余の原決定が抗告人の申立を棄却した債権に関する部分を取り消す。

2  抗告人の申立てにより、原決定の別紙担保権・被担保債権・請求債権目録記載の被担保債権及び請求債権のうち(1)及び(3)記載の金一億七〇〇〇万円及びこれに対する平成元年一二月二一日から完済まで年一四パーセントの割合による金員の弁済に充てるため、同目録記載の抵当権に基づき、原決定の別紙物件目録記載の不動産につき、担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためにこれを差し押さえる。

二抗告人の抗告の理由

別紙「抗告の理由」記載のとおり。

三よって判断するに、一件記録によれば、次の事実を認めることができる。

1  抗告人は、平成二年三月七日、原裁判所に対し、原決定の別紙担保権・被担保債権・請求債権目録記載の被担保債権及び請求債権の弁済に充てるため、抵当証券の発行された抵当権の実行としての不動産競売の申立をなし、原決定の別紙抵当証券目録記載の各抵当証券、不動産登記簿謄本を提出し、抵当証券上の弁済期が未到来の点については、失権約定により期限の利益を喪失したと主張し、その立証として「金銭消費貸借及び抵当権設定契約証書」、「抵当証券発行に関する契約証書」等を提出した。

2 原裁判所は、同月二八日、原決定の別紙担保権・被担保債権・請求債権目録記載の被担保債権及び請求債権のうち、(2)の利息債権四八五万八二七三円(元金一億七〇〇〇万円に対する平成元年六月二一日から同年一二月二〇日まで年5.7パーセントの割合による約定利息)については、競売手続を開始したが、その余の(1)の元金及び(3)の遅延損害金については、抵当証券に記載された弁済期が未だ到来しておらず、また、抵当証券には失権約定の記載はなく、法定文書以外の文書等によって弁済期が実体法的には到来していること(失権約定による期限の利益の喪失)を立証することは許されないとして、失権約定による期限の利益の喪失の有無について審理判断することなく、弁済期の未到来を理由に競売の申立を棄却した。

四しかしながら、原決定の判断のうち、弁済期の未到来を理由に競売の申立を棄却した部分についての判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

抵当権を実行するための要件としては、実体法上は、抵当権と被担保債権が存在し、かつ、被担保債権について弁済期が到来していることが必要であるが、民事執行法は、抵当権実行としての競売の開始の要件としては、民事執行規則一七〇条所定の事項を記載した申立書と、民事執行法一八一条一項又は二項所定の抵当権の存在を証する文書(以下「法定文書」という。)の提出をすれば足りるものとし、抵当権の存在については、右法定文書の限度において審査するが(他の証拠による証明を許さない。)、その他の実体法上の要件の存否は、申立書に記載させるにとどめ、その存在等を証明させる必要はないものとしている。その趣旨は、被担保債権の存在、その弁済期の到来については、本来抵当権実行のために必要な実体法上の要件ではあるが、簡易迅速な競売手続の実現を図るため、債務者、所有者の側からの執行異議等の申立をまって審理判断するのを相当とし、競売手続の開始の段階においては、単に抵当権の形式的存在を法定文書により調査すれば足りるとしたものと解され、このことは、本件のように法定文書に被担保債権の弁済期の記載がある場合であっても基本的には異ならないものというべきである。

もっとも、法定文書に弁済期の記載があり、その弁済期が未到来であると認められる場合には、提出された資料自体から実体法上の要件が具備していないことが明らかであるから、原則として競売の申立ては却下されるべきものと解するのが相当である。

しかしながら、法定文書が法定証拠としての意味をもち他の証拠による証明が許されないのは、法令上法定文書のみによる証明が要求されている場合に限られるのであり、弁済期到来の要件については、前記のとおり、本来法定文書によることはもちろん、何らの証明も要求されているわけではなく、右のような弁済期未到来の認定は、民事執行法上要求されている抵当権の存在の証明のため提出された法定文書にたまたま記載されていた弁済期と日時の未経過という事実によりこれを認定しているにすぎず(この認定は、たまたま記録中に存在した資料による認定と本質的には異ならない。)、右のような弁済期の認定の関係においては、右法定文書は法定証拠としての意味をもつものではなく、このような場合に、他の証拠による右法定文書の補完、訂正が許されないとする理由はないというべきである(なお、民事執行法は、前記のとおり、抵当権実行による競売手続については、強制競売手続と異なり、執行異議などにより、実体法上の権利の存否等についても審理判断する制度をとっており、競売開始手続において、抵当権実行の実体的要件を満たさない弁済期の記載のある法定文書について、これを補完、訂正し、競売手続上も本来必要とされるべき実体法上の要件の主張立証を許すことは、民事執行法が予定する競売手続の制度になじまないものということはできない。)。

したがって、右のような場合において、申立人が法定文書記載の弁済期が失権約定等により実体法上変更され現に到来していることを主張立証したときには、その点に関する法定文書の記載が補正され、弁済期についての実体法上の要件につき不備がないものとして、すなわち弁済期が到来しているものとして扱うのが相当である。

そこで、これを本件についてみるに、原決定の別紙担保権・被担保債権・請求債権目録記載の被担保債権及び請求債権のうち、(1)の元金及び(3)の遅延損害金については、原決定の別紙抵当証券目録記載の各抵当証券上の弁済期が未到来であることが明らかであるけれども、抗告人は、右弁済期は、失権約定により期限の利益を喪失し、弁済期がすでに到来しているものと主張し、その立証として右失権約定の記載のある「抵当証券発行に関する契約証書」等を提出しているのであるから、右によりそれが立証されれば、競売手続が開始されるべきものである。

そうすると、右と異なる見解のもとに、法定文書以外の文書等によって弁済期が実体法的には到来していること(失権約定による期限の利益の喪失)を立証することは許されないとして、失権約定による期限の利益の喪失の有無について審理判断することなく、弁済期の未到来を理由に競売の申立を棄却した原決定には、法律の解釈を誤り、審理を尽くさなかった違法があるものといわざるを得ない。

五よって、原決定中、前記被担保債権及び請求債権のうち、(1)及び(3)記載の債権に関する競売申立を棄却した部分を取り消したうえ、前記の点について審理を尽くさせるため、右取消しに係る部分を東京地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官越山安久 裁判官赤塚信雄 裁判官桐ヶ谷敬三)

別紙抗告の理由

一 抗告人は、東京地方裁判所平成二年(ケ)第一六三号事件につき、平成二年三月七日別紙「不動産競売申立書」記載のとおり抵当証券の発行された抵当権の実行としての不動産競売の申立をなし、同申立書の別紙担保権・被担保債権・請求債権目録記載の被担保債権及び請求債権の弁済に充てるため、本件申立を行ない、別紙抵当証券目録記載の各抵当証券、不動産登記簿謄本、金銭消費貸借及び抵当権設定契約証書、抵当証券発行に関する契約証書、元利金等の返済に関する念書等を提出した。

二 然して原裁判所は、平成二年三月二八日別紙決定のとおり決定をなし、民事執行法一八一条所定の法定文書である各抵当証券の記載から判断して、申立に係る請求債権のうち各元本に対する平成元年六月二一日から同年一二月二〇日までの間の年5.7%の割合による利息債権合計金四八五万八二七三円については、弁済期が到来しているとして競売手続を開始し、その余の各請求債権部分については、抵当証券上弁済期が未到来であることが明らかな上に、その弁済期が実体法的に到来していることを法定文書以外の資料によって立証することが許されないことを理由に競売の申立を棄却(却下)した。

三 しかしながら、原決定は法律の解釈を誤っていると言わざるを得ない。抵当証券記載上の弁済期が未到来であっても、その弁済期が失権約款により実体法上変更され、現に到来していることを主張立証しているときは、弁済期についての実体法上の要件の不備はないものとして取扱うべきであると解する。

四 よって抗告人は、本件申立において、期限の利益喪失の特約が存し、その特約により本来の抵当証券上の弁済期の期限の利益は失権し、全て期限が到来したことを主張立証しているのであるから、競売の申立を一部棄却した原決定は変更されるべきものであり、原決定中、本件競売申立を棄却した部分を取消し、取消部分全部について競売開始決定を求めるものである。

五 そこで、抗告人の本件抗告の理由としては、前記のとおり、抵当証券に失権約款の記載がないから、失権約款による期限の利益の喪失を主張できないとする原決定は、これを是認できず、その主張立証を容認すべきであるとするものであるが、これには先例たる平成元年八月三〇日東京高等裁判所第一七民事部決定(判例時報一三二九号一四九頁、金融商事判例八三二号二六頁)が存し、抗告人の主張を是とし、その理由を右決定において詳述されているのでこれを援用するものであるが、その要旨は次のとおりである。

すなわち法定文書に弁済期の記載があり、その弁済期が未到来である場合には、法定文書自体から実体法上の要件が具備していないものと認められるから、原則として競売の申立ては却下されるべきものといわなければならない。しかしながら、そのような場合においても、申立人が、法定文書記載の弁済期が失権約款等により実体法上変更され現に到来していることを主張立証したときには、法定文書の記載が補正され、弁済期についての実体法上の要件の不備がないものとして取扱うのが相当であると解する。被担保債権の弁済期到来は、抵当権実行の実体法上の要件であることは前述のとおりであるが、民事執行手続においては、抵当権実行としての競売開始の要件として申立人が提出すべき法定文書には、必ずしも被担保債権の弁済期の記載がないものが含まれており、殊に実務上最も多く法定文書として提出される土地または建物の登記簿謄本には、原則として弁済期の記載はなされていない。民事執行法が競売開始の要件として、そのような文書の提出をもって足りるとしているのは、競売の申立て自体に弁済期到来の主張が含まれており、簡易迅速であるべき競売開始手続としては、その立証は必ずしも要しないとの考え方に立っているからであると解される。弁済期到来の実体法上の要件と法定文書との関係がそのようなものであることを前提として考えると法定文書に偶々弁済期の記載があり、その記載からすれば、弁済期が未到来であるからといって直ちに競売の申立てを却下し、申立人に弁済期到来に関する法定文書の作成手続を求めることは相当でないと考えられる。殊に、抵当証券が発行されている抵当権の場合に、法定文書上弁済期変更の手続を要求するとすれば、抵当権設定者等が、任意にその変更に応じないときには、右変更手続に日時を要するため、実体法上抵当権を実行しうる権利を有しているにも拘わらず、抵当証券法三〇条に定める三か月以内に競売の申立てをなしえない結果、裏書人に対する遡求権を喪失する場合も生じるのである。それ故、申立人において、法定文書上の弁済期が実体上変更され、変更後の弁済期が既に到来していると主張する場合には、競売開始手続の中でその立証を許した上、競売開始の許否を決定すべきものである。なお、民事執行法は、抵当権の実行としての競売開始の要件として、法定文書の提出を要するものとし、またその提出をもって足りるとしているが、抵当権実行手続は強制執行手続と異り、実体上の権利の存否についても、執行手続の中で審理判断される制度になっているものであるから、競売開始手続において、抵当権実行の実体法的要件を満たさない弁済期の記載のある法定文書について、これを補正補完し、もって競売開始の手続上の要件を満たそうとする実体法上の立証を許すことは、必ずしも競売手続の制度にとってなじまないものということはできない。

六 なお付言すれば、抵当証券発行の場合において弁済期の定めがあるときは、これが証券の記載事項であり且つ不動産登記事項であるところ、その失権約款が存する場合にその記載及び登記までを要求することは、果して万人の納得する実務感覚及び法常識に合致するものか否か甚だ疑問である。

原決定は、弁済期の実体的到来の立証を法定文書外の私文書で認め、担保権及び被担保債権の存在を法定文書でのみ認めるとすることは、極めてバランスを欠くと言うが、債務の一つでも期限に弁済しないときは、全債務について当然期限の利益を失なうと抵当証券上に記載されていれば、弁済期の到来を認め、私文書において債権者と債務者の間に右特約が存し、その事実が発生していることから競売手続が開始されても可なりと実体法上当事者が納得しているにもかかわらず、抵当証券の記載から弁済期が到来していないから競売手続の開始は認められないと言うことは、何のためか、立法の不備を指摘されるはともかく、実務慣行及び当事者の意志及び認識には合致しないと言わざるを得ず、原決定摘示のバランスは、むしろとれていなければならないとする理由は全くない。抵当証券に記載されている弁済期とその弁済期が失権して期限の利益を喪失するということを区別してその失権約款の主張及び立証を認むべきである。

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